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南海トラフ地震の死者29.8万人

僕の生まれ故郷の和歌山県有田郡湯浅町は、南海トラフ地震で津波の災害に何度もあっている。街中にある深専寺では津波がここまで来たという石碑があり、JR湯浅駅、紀勢本線線路の海側はすべて津波浸水地区に指定されている。

これまで5m程度の津波を想定して防波堤などが作られたが、7mの津波が来ると言われると、想定外の出来事で津波は防波堤を乗り越えてやって来る。そんなこんなで湯浅町は人口減少が顕著で、街は閑散として空き家が目立ってきている。

昭和の頃、湯浅町は近隣の街からの買い物客でにぎわっていた。商店街は大売出しをしようものなら大変なにぎわいだった。ただ、昔から栄えた街なので道はくねっているし狭い。一方通行で車もやっと通れるぐらい。狭い通路が商店街のにぎわいをかもしだしていた。

和歌山県はこれといった産業もなく、多くの若者は大阪など都会に出て働く。そんなことが半世紀も続けば、街は高齢者ばかりになり、その方が亡くなっていけば、おのずと閑散としてくる。観光開発も行っているが、定住者は減少している。

そもそも、津波が襲ってくるのがわかっている街にわざわざ住む必要があるのかと思う人もいて、津波の心配がないとなりの有田川町に移住する人も多い。僕の母親も湯浅町に住んでいるが、津波の予想区域外のところに住むようにしている。

津波のリスクがあっても、そこに住み続けたいと思う高齢者は、友達や思い出がいっぱい詰まった街を離れたくないと思っているだろうが、津波に襲われたときに心配する家族の事を考えて、その地区から離れることも考慮してほしい。

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