モノが売れないのではなく、売れるモノを探せる時代
戦後の昭和時代、物がなかった時代、定価販売している街の商店街はにぎわっており、お客さんは地元の商店に置いてある品物を観て欲しいものを選択して購入していた。チョッと贅沢したければ汽車に乗ってより大きな街に出て商店街や百貨店に行って物を選別して購入していた。
僕は湯浅町という小さな田舎町で暮らしていたので、地元の商店は中学生になるまで物を購入するための選択肢すべてだった。中学生になると、汽車に乗って和歌山市内に行き大きな商店街や百貨店に行って物を選別することができた。高校生になると大阪にまで行ってお買い物ができたが東京の商品は憧れだけだった。
大学生になっても東京にまで行ってお買い物などできず、京都や神戸に出かけるぐらい。社会人となっても同じことだった。起業してからやっと東京に行ってお買い物ができるようになったが、それは仕事であって個人のお買い物ではなかった。それがインターネット通販で世界中から欲しい物を選別できるようになった。
インターネット通販では、東京の商店街や、銀座の百貨店に行って物を選別するよりもはるかに多くの商品から選別できる。倉敷で製造しているGパン、北海道で製造しているチーズやハム、アメリカで製造している洋服、イタリア製の古着、フィンランドの家具…などまさに世界中からお買い物ができる。
ダウンジャケットなら北極でも耐えられるブランド、エベレストでも踏破できる憧れのシューズ、おしりを拭かなくてもよい世界一優れたウオシュレット、安全・安心で栄養豊富な高級食材、セレブご用達の高級車やホテル…こうした本物志向か格安商品で済ませるかになるので、良い物であっても中間価格帯の商品は売れなくなる。
僕は料理が大好きなので1万円近い銅製のおろし金を使っているが、近所のお店には置いていない。販売しているお店すら知らないがネットで検索するとすぐに製造所がわかるし販売しているサイトに入ることが出来て注文することもできる。プロが使う器具だけに買う人は限られるが欲しい人がいれば素人だって購入できる。