食べたければ料理を覚えなさい
僕は保育所に行く頃から、流し台にたち、土くれだった野菜を洗っていた。リヤカーを引いて農家の方が畑で採れた野菜を売りに来ていた。どれも新鮮だが当時、農薬は使っていないので虫がいっぱいついていた。キャベツなどは葉っぱを1枚1枚取っては洗っていた。今のように新鮮野菜のサラダなど危険で食べなかった。
カツオと昆布で出汁を取り、それに醤油とみりんを足してお浸しにしたり、野菜炒めにしたりして火を通してから食べていた。小学低学年になると、母親が調理の仕方を教えてくれるようになった。当時、醤油などは一升瓶を持って量り売りで買っていた。お金がないので少しだけの購入だった。恥ずかしいのか、それは僕の仕事だった。
肉屋に行って肉を50g購入するのだが、幼い僕は背が低く店員さんの目が届かない。何とか店員さんにいちばん安い肉を50g注文するのだが、他のお客様は100g単位で注文するので間違いではないのかと念を押される。小銭を差し出して買い物を済ませる。家は貧乏なので、落としてはならないと抱きかかえるようにして家に帰る。
調味料を切らしていることも多く、母親がご近所に行って少し分けてもらってきてほしいとお願いされる。僕は、喜んで近所に行って醤油や砂糖など足りないものを話して少し分けてもらう。たまに、貧乏に耐えかねて母親が台所で泣いているのを見るのが辛かった。いつか、働いて母親に楽をさせたいと心から思うようになっていった。


