和歌山県有田郡湯浅町は衰退している
江戸時代、みかんや醤油の産地であり、風よけの良港もあり、商業の街として和歌山市(和歌山城のある都市)に次ぐ街で、周辺人口1万人程度の街だった。1930年には、人口16110人に達したが、それ以降1970年代になるまで人口は減少している。
1980年代になると湯浅町は人口17037人と最大値になり、それ以降は減少の一途で2025年には10731人と江戸時代と変わらない人口になっている。高齢化率は約38%ととても高く、街を歩くと、どこの過疎の町と同様に、ご老人が多いと感じる。
南海地震の恐れもあり湯浅町の多くは津波浸水地帯。しかも平地が少なく、若者の進学就職先がない。僕自身、大学は大阪だったし、就職も大阪だった。農業や漁業、醤油醸造など家業を継ぐ人以外は、役場や銀行の就職になる。
湯浅町は重要伝統的建造物保存地区なので、これを活かした観光業で活路を見出そうとする人。農業の多角経営で高収益を目指す動きなどがある。しかし、今後も湯浅町は縮小傾向にあり、昔を知っている僕などは街歩きをして昔の景色を思い浮かべている。


