女性は30歳を過ぎれば就職してから苛められる
僕の母が30歳前になり、僕が新聞配達などのアルバイトができるようになり、子育ての手がかからなくなったので農協(JA)に就職した。昭和の時代、女性が会社で働くということは男性社員の嫁探しの意味もあり、その高齢では嫌われた。男性からは、何でこんなおばさんでしかも結婚している女性を雇ったんだと卑下される。
女性社員は全員先輩なのに年下、仕事は教えてくれない。彼女たちにしても独身で中卒や高卒で入社してきた人ばかり。お茶くみがメインの仕事で、窓口に座るのは美人だけ、男性社員の色目を気にしながら働いている。社内恋愛で結婚すれば退職して専業主婦になるのが常識の時代に逆らうようなおばさんが来た動揺もあったのだろう。
困った母は、一計を案じ、早朝に出社して会社中を掃除して他の社員を出迎えるようにした。新聞配達をしている僕が、見かけると毎朝外に出て掃除をしている。社内も綺麗にして、出社してくる全員に笑顔で「おはようございます」と自分から積極的に挨拶するようにしていた。苛める社員ですら笑顔で挨拶していた。
小学4年の僕が、どうしてそんなことをするのかと聞くと、「誰でも、出社するときは気分が重い。そんなときに、笑顔で挨拶されると気分が良くなり、仕事をする気にもなる。こうしていれば、お母ちゃんもいつか、会社のみんなから慕われるようになり、仕事も教えてくれるようになる。それまでやり続ける。」と言った。
それから数年が過ぎ、言葉通りに農協で皆から慕われるようになり、仕事も信頼されるようになった。家では酔った父から暴力を受けていたが、母は笑顔で受け流すようになっていた。線路に飛び込もうとしたあの時の母はそこにはいなかった。すべては自分の人生だと受け入れて、必ず変えてみせると固い決心をしていた。