いつかは素敵な想い出になる
どんなに嫌なことでも時間が経てば、想い出になる。それを嫌な想い出にするのも、そのときの対処次第で決まる。感情的になり理屈を述べて相手を屈服し、正しいことをしっかり主張することでお互いに疎遠になり嫌な思い出にすることも多い。
例えば、子供が学校に行きたくないと言う。学校に行って欲しいと思う親は、叱ってでも学校に行かせようとするだろう。しかし、それが子供の反抗へとつながってしまう。親の言っていることは正しいとしても、時として子供に寄り添ってみる。
学校をさぼる子供に、そんな気分のときもあるだろうし、理由もなく避けたいと思うこともあるだろう。それは理屈ではなくただ何となく。バカなことをするものだが、それを理解して寄り添ってあげれば、それは将来、笑顔で話せる想い出になる。
仕事をしていれば、誰かがミスをして損をすることもある。それを責めることはたやすいが、責めれば責めるほど社内はギクシャクになり、それ以上の損失を出すことにつながる。それより、ミスをフォローして笑顔で、私も同じことをするかもしれないと言えば…
毎日夜遅くまで仕事をして、外食ばかりで家では寝るだけの旦那を見て、寂しいからと愚痴を言い、言い争っていればお互いにギクシャクして別れたいと思うようになるだろう。それより、毎晩、酒臭い旦那に遅くまでご苦労様ですと言い続ければどうだろう?
人は、その場その場で感情が乱れるが、その乱れを未来にいい想い出にしようと思えば、行動が変わる。それが幸せな人生を紡いでいく。長い時間をかけて、自分の行動で自分の幸せを創っていく。そうした幸せは多くの人も幸せにする。
僕はそうやって生きてきた。


