このサイトはJavaScriptがオンになっていないと正常に表示されません

戦争は破壊と人殺し

戦争は、敵国の破壊と人々を殺すことに尽きる。平和な時代であれば、誰かの家や車などを壊せば弁償しなければならないし罪に問われる。誰かを傷つけ殺してしまえばその罪はとても重い。しかし、戦争において破壊行為は戦果となり称賛され、殺戮は英雄として讃えられる。

 

平時であれば罪に問われる行為が、戦争になれば戦果や英雄として賛美される。物を壊されたり殺されたりすれば憎しみが産まれ、相手に対してもっとひどい事をしたくなる。それは、戦争でも同じことで、憎しみの連鎖が被害を増していく。憎しみが最高潮になれば戦争を終えることは考えられなくなる。

 

誰かの物を壊し、誰かを意味なく傷つければ、罪悪感に苛まれて苦しむ。それは、戦争であっても同じこと。鬼畜米英と言ったところで相手は生身の人間。初対面で殺してしまえば、そして殺した相手のポケットから家族の写真が見えれば、涙が止まらない。何てことをしたんだろうと苦しむ事を政治家は知らない。

 

戦場に赴く兵士には家族があり、皆が無事に帰還することを願っている。英雄にならなくても良い。五体満足に帰還さえしてくれれば、それでよい。戦場に行く兵士は、家族を養うため、貧乏から抜け出すために報酬に惹かれて行くことも多い。相手が憎いからではない、生活に困っているだけ。

 

そんな兵士が敵兵を殺して、相手にも家族がいて写真がポケットから外にはみ出して見えれば、自分と同じ境遇にある者同士の殺し合いだったなんて悟れば、何とも言い難い苦しみにさいなまれるだろう。そこにはどんな大義名分も通用しない、人としての罪深さに涙が止まらなくなろだろう。

 

 

«