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国家が崩れていく

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国家の指導者を信じられなくなれば、国家体制そのものを壊そうとする革命運動が活発になる。国家の指導者は、国民の支持がなければやっていけないが、支持がない時は敵を意図的に作りだして国民に不安を煽るようにするか、国家治安部隊を組織して民衆を監視して、たまに、反逆罪として死刑囚を出して国民を脅し、国家に反逆できないようにするしかない。

 

政治家が信じられなくなれば、それに代わる新しい指導者が求められる。革命運動のリーダーや過激化した宗教指導者が、民衆の新たなリーダーになり、国家組織を潰しにかかるが、その運動が支持されるのは政治家を信じられないから。国家体制を維持しようとする勢力との戦いは武力による方法が単純明快で若者を集めやすいことから採用されることが多い。

 

戦後日本でも国家転覆を狙った過激組織があったが、民衆の支持が得られず頓挫した。ただ、多くの若者がその思想にかぶれたのも事実。革命のためには手段を選ばずという思想は、カンニングを正当化し、授業ボイコットを正当化し、大学教授を締めあげ、学内を混乱とゴミだらけにしても正当化された。そんなことで民衆の支持が得られるのかと言った僕は暴力をふるわれ半年間大学に行かずアルバイトをしていた。

 

工事用のヘルメットにそれぞれの派閥をペンキで書いてタオルで顔を隠して拡声器で朝から学内で声を張り上げていた学生も、それに同調して騒いでいた学生も、4年生になり就職活動が始まると、長髪を短く切りスーツに身を包んで「まじめに働きます!」と言いながら企業面接に行った。共産主義という理論で、大人社会への不満をぶつけて、自分たちのストレスを解消していた。

 

今でも、団塊世代の方が飲み屋で、「あなたは○○派でしたか、僕は○○派で××大学で闘争していました。」などと、大声で懐かしんでいる人を見かける。そのたびに、「勉強したいから授業の邪魔をするな!」と怒鳴った僕に、「君は、まだ何もわかっていない青二才だ!」と、自己反省を求められて彼らの反革命分子だった僕は、彼らの暴力から逃げ回っていた苦い思い出がよみがえってくる。

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